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有線七宝について
七宝焼は、かつて日本におきましては、刀装具や釘隠し、襖の引き手などの装飾に用いられていました。
しかし、その技術は各家の秘伝となっており、万人に広まることはなかったそうです。
京都の平田道仁が江戸時代初期に朝鮮半島の工人に七宝焼の技術を学んだのが最初と言われています。
また、江戸時代後期になりますと、尾張の地で梶常吉が独学で七宝焼の技法を解明して近代七宝が始まったと言われています。
七宝焼の技法に有線七宝というものがあります。
フランス語ではクロワゾネというそうです。
この手法は、器胎の表面に銅や金、あるいは銀などの金属線を文様の輪郭に合わせて植線して、窯に入れて焼きつけるものです。
焼成後、表面を平滑にするために研磨し、中国七宝器では一般的とされる植線部や口縁、高台の覆輪部に鍍金を施すことも多くなっています。
水分をティッシュペーパーなどで拭き取ってから七宝焼用の電気炉の上で裏引き絵の具を乾燥させてください。
表面に絵の具を1cm塗って、形状を活かすために盛ります。
盛った部分を吸水布で水分を取り、七宝焼用の電気炉の上でしっかりと乾燥させてください。
絵の具を盛ったものを金網の上に乗せて800度に達しましたら電気炉に入れてください。
3〜4分後ガラスが変質しましたら取り出して、そっと耐火作業版に乗せて冷却してください。
熱が取れましたら、金具にはまるようにやすりをかけて、接着剤を施して台金具に取り付けますと完成となります。
遠島村(現在の七宝町)の農家に生まれた林庄五郎は、小間物売りの行商をしていたのですが、梶常吉が七宝焼の仕組みと製法技術を解明したことを知り、強い関心をよせていたそうです。
そこで、庄五郎は常吉のもとを幾度も足を運び、七宝焼の製法を教えてもらおうとしたのですが断られ続けたということです。
しかし、安政3年(1856)、「一子相伝の他には決して他言しない」という約束でようやく常吉から七宝焼の製法を相続することができたということです。
